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とても難しい感覚で赤橙を持ち帰ることに決めた。
Sun.08.12.2013 Posted in 未分類
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以前僕は大切な人に色をプレゼントしたことがある。

その人はアオに頼ることが多い人だった。

アオが好きだと何回も僕に教えてくれた。


僕は彼女の感性がとても好きだった。

しかしきっと彼女は彼女自身の感性に自信がなかったのだと思う。

きっと彼女はアオが好きな時もあれば、アカが好きな時も
クロが好きな時もあったはずだ。

たくさんの感覚に戸惑いを感じていたのではないかと思う。


彼女はクリエイティブな感性にとても興味があり、
そういう感性を持った人や、そういう制作物を好んだ。

そしてそれは僕も一緒だった。

しかし僕と彼女の違いは、僕には僕自身にはその感性がこれっぽっちもなく、
彼女には、彼女自身の中にも少しそういう感性があることである。

つまり僕にとっては感性は、僕の勝負の土俵ではない。
しかし彼女にとっては優劣をつけなければならない状況だったのかもしれない。

実際に彼女が口にしたわけではないが、そのような感性が少しあるせいで
苦しい思いをしていたのではないかと思う。


発明家の偉い誰かが、天才は1%のひらめきと、99%の努力と言っていたが、
そのひらめきとはいわば才能のようなものであると思う。

才能のある人でも、才能のある人どおしで優劣をつけることもあるのでは
ないだろうか。

きっとそんなところに彼女は苦しんでいたのではないかと思う。

そういう時、人間は確かな何かを求める。

その確かな何かは一般的に自分の居場所と呼ばれるものである。

「アオ、アオ」と言っていることに違和感がある日もあったのではないかと思うが、
アオが居場所であり、居場所を離れると、人間は当然不安なものである。






僕があげたアオは彼女の役に立てただろうか。

その時あげたのは少し涼しげなアオだった気がする。




ちゃんと消えてなくなっていれば嬉しい。






jun






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2走へのバトンパスで賭けに出て失敗した僕は知っている。
Sat.07.12.2013 Posted in 未分類
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今日は数ヶ月前にオープンした店舗に遊びにいってきた。

マネージャーが来てくれ来てくれというので…

なんて書くと、あたかも僕が毎日忙しく、引く手あまたな大人な感じを
与えてしまうかと思うが、本当に人間として大人なのは、僕に来てくれと
言ってくれるマネージャーであることに僕は気づかなければならない。


午前中はスポーツのイベントに参加してきた。
この業界ではとても大きな規模のイベントである。

僕の所属するトレーニングジムはパーソナルトレーニングを専門に提供し、
それなりのスピードでこの世の中に拡大している。

この業界をリードしてきた、最前線で活躍するトレーナーのみなさんに
本日お会いしたが、僕らの拡大を見て、パーソナルトレーニングを
世の中にこんなに広めてくれてありがとうと、僕に言ってくれる。

しかもこのコトバを僕にかけてくださったトレーナーさんは他にも複数いる。

しかし僕は今、自分たちのチームが対外的にどのように見られているのかにとても
不安を感じている気がする。
そんなつもりはないが、自分のチームの仲間達に自信を持ちきれていないのかもしれない。

もう一度言うが僕は顕在的な意識の中でそんなつもりはない。
しかし潜在的な意識の中にその意識があるような気がしている。

そして申し訳ないが、僕はこわくてその意識と向き合おうとしていない。

しかしそんな気持ちと一生懸命向き合うことに体力を使うなら、
チームの質を上げる事に体力を使おうと思う。

僕らは言って見ればパーソナルトレーナーという職業を選択した身である。
つまり僕からしてみれば、この職業をゼロからつくり、確立してくれて
ありがとうございますである。

僕がこの職業を世の中に広めているパワーに比べれば、
ゼロからコトを作り上げる方が確実にパワーがいる。

そんな方々からの感謝のコトバに僕は大きな喜びと責任を感じる。

いつか僕もそのような方々のように、ワークショップで必要なオーラを出しながら
立派にみんなの前で話をする日が来る事をしっかりと意識しなければならない。

僕は先輩方にあこがれ、先輩方を見習いここまで来ている。
しかしいつかそれを引き継ぐ日が来る。

そんな先輩方が僕らにバトンを渡す時、不安で仕方がないバトンパスではならない。

先輩方が、前を向いて走っている僕らに確実にバトンが渡せるという、根拠のない
自信を持てるように、

そして後ろから走ってくる先輩方からもらうバトンを、前を向いた状態でも
確実に受け取れるという、根拠のない自信が持てるように、

そのレベルまで到達していなければならない。

そして午後、数ヶ月前にオープンした店舗に足を運んだ訳だが、
あるトレーナーがたくさん僕に質問をしてくれた。

1時間は軽く質問攻めだった。

彼は何かを求めていた。
彼は僕から何かを得ようとしていた。

事務所で「何聞こう…、せっかく来てくれたからなにか聞いておこう」
と独り言のように言っていたのが聞こえてしまった。

僕がチームのみんなから見られている存在と、
自分が感じている自分の存在との間には相違があるように
たまに感じることもある。

僕の場合は立場が先にたったパターンではあることはそうだと思う。
だから早くその立場に僕の存在本質を追いつかせたい。

自分のチームでも、自分のチームの代表者の一人としても、
成長していきたい。

さて、明日は年内最後の休みになるであろう休みである。

ここから少し体力を使って最後走り抜ける予定だ。

しっかり体力をつけたいと思う。





jun





自由な子供
Sun.29.09.2013 Posted in 未分類
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先日、自分という人間の本質について考えさせれられた。

ラレタというのは、他動的にという事である。

これはまたなかなか辛い作業でもある。だからこそ他動的にでもないと出来ないのであろう。


しかし自分のなかの一番深いところが何か、自分でもよく分からない。

掘り進めば潜在的な意識が徐々に顔を出し、無意識な自分と出会う。
とても辛い自分と顔を会わせる事もあるが、それは自分である以上受け入れるしかない。

このブログに文章を書いている自分は、割と深めなところにいる自分である。

いわゆる自分らしいというところに近い自分である。

特にだれに見られる訳ではないという安心感から少しそういった自分が自然と出てくるのだろう。

トレーナーとして、あるいは会社の一員としている、普段の自分しかしらない人間にとっては
この文章の人間と同一人物である事はあまり想像がつかないであろう。

僕にはこの文章の層の上に、もう一つ表面的な層があり、そこではイキイキワクワクした、
それなりにしっかりしたポジティブ人間に近いような意識の層がある。

しかし誰にも見られる事がないこのブログ上では少し深いところにいる自分がでてくる。

そんな感覚である。

しかしさらに根気よく少し掘り進めていくと、実は最後違った層にまた出会う。

この層に気がついたのは実は最近の事であり、たぶんこの層が僕の意識の中の一番深い
ところにある層であるという不確かな自信がある。

この層は「自由な子供」の層である。

たしかに僕の人生をたどると、記憶の始まりはこの層である。

これは非常に嬉しい発見だった。

たしかに僕は心の許した人の前でだけこの層の自分を見せている気がする。

仕事での出会いがスタートだったりすると、自由な子供との出会いにギャップを感じ、
残念がられることもある。笑

そんなことを言われても仕方がない。笑
これが僕の本質なのだから…

でも僕はそんな自分と人を出会わせる事がとても楽しみだったりする。

笑われるかもしれないし、失望されるかもしれないが、
もしかしたら受け入れてくれるかもしれない。

そして受け入れてくれる人というのが僕にとって大切な人となるのだろう。

そして僕は、逆に人がその人の深いところを見せてくれるのがとても嬉しい。

そのためにも僕は大切なひとと感じた人には自分の深い層を見せていこうと思う。


それからもう一つ重要な問題はその上に重なった、結構な厚さのある、
どちらかというとマイナスの層である。

仕事の時などはこの層の自分が、時に邪魔をしてくることもある。

先日はこの時代とそれなりに向き合ったのだが、なかなか多い土の量が降り注がれ、
多くの雨が降ったあとに様々な圧がかかっているような厚く堅い層である。

この厚く堅い層もまた、自分という意識の土壌を構成する要素である事は、
僕がその時代を経験してきたのだからしかたのない事である。



僕はこの層をもっている自分を許し、これからも自由な子供で居続けようと思う。








jun









ラスト1ピースのパズルのようなコトバ
Sun.15.09.2013 Posted in 未分類
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久しぶりに更新する。

約半年ぶりである。

僕らは毎日学習し、脳は寝てる間にそれらの学びを整理するらしい。

僕にとってはこのブログも睡眠のような、そんな役割をしているものである。


さて、半年の学びでも整理するか…

と言ってもこの散らかりようはハンパない。

テストの前の部屋、あるいは急に洒落た格好をしなければならなくなってしまった時の部屋…

人間はたぶんキレイに整える前には必ず散らかさなければならないものなのである。

この仮説はきっと、IQがとても高く天然パーマな脳の科学者の方に研究して頂いたら、
人間の脳に由来して証明されるのではないかと、僕はそれぐらいの自信がある。


まずこの半年でしたことは仕事とトレーニング。

トレーニングも仕事になることもあるので、つまり僕は仕事しかしていないのかもしれない。

久しぶりに女の子と遊びに行こうなら、まったくアイディアも出てこない。


僕は今の仕事を天職だと思っている。

僕の能力と経験をこれだけ発揮する事が出来る仕事は他にないのではないのかと思う。

しかし僕はこの仕事を素直に楽しめないこともあり、そのことをとても苦しく感じている。

僕の職場のトレーナー達は、この仕事は楽しい楽しいって僕に報告してくれる。

死ぬほど嬉しいそんな報告を聞くたびに、僕は少し苦しい。


オレははこの組織のリーダーであるべきなのに、オレよりも皆の方がこの仕事が好きで楽しい?

そのギャップは本当にストレスでもある。

オレはどちらかというとポジティブな人間ではない。

しかし世間はポジディブを良しとし、ポジティブを優れているとする。

そしてオレは皆の前ではポジティブを演じる。


これで良いのか…

人をリードする人は、

人をマネジメントするとは、

仕事とは、

自分で自分に問いかける質問が増えた。

さて、どうする。。。


たぶんそれを解決するには人の力もかりなければならなかったのかもしれない。

きっとこれはオレが次のステップに上がる時なんだと思う。

たしかに今までも自分が次のステップに行くとき、それはだいたいものすごい
フラストレーションに苦しみ、そしてだいたいそれを人の力を借りて解決してきた。

その人とは家族であったり、親友、恋人、上司、部下、コンサルタント、…

物事が大きく変わる節目というのは、とてもエネルギーのいることであるから。

最近、「人の弱さを人の強さで支える」ってコトバを聞いたとき、
そのコトバはラスト1ピースのパズルをはめるくらい、自分の心にしっかりとはまった。

少し言い方を変えれば、ラスト1ピースをはめる時に、はまらないという不安が
ほとんどないように、僕はそのコトバを自信をもって自分の心にはめることが出来た。


今僕はとても助けられている人がいる。

どう助けてもらっているかというと、それは尊敬できているという事だ。

尊敬してしまったらその人は超えられないと誰かは言う。

だとしたらそれでも良いのかもしれない。

僕がしたいことはその人を超える事ではない。

その人に恩返しをする事である。

僕は尊敬という想いからとても大切なチカラを得た。

本当に感謝しているし、これから長い月日をかけて恩を返していこうと思う。


さてさて、この半年もまた、とても一つの事に集中し、視野狭く、世界狭く生きてきた。

それに気づいたのもなんと今である。

これからは少し視野も広く行こうかな。


とりあえず仕事が充実していて、人に助けられているという事までは整理できた。

片付けは大きなモノを先に詰め、細かなモノを隙間に入れていく。

これ基本。

今日は大きなモノを整理できたということでここまで。


ただ、この文章を書いている間にもオレのMacは上司を上肢と変換し、だいたいを大腿と変換する。

オレだってたまには違うコトバも使う。

たまにはトレーニングから離れても良いだろ、なんて言ってみたりもしたいが、
トレーニングが僕から離れたらきっと、僕からは自信とかという類いの雰囲気は
これっぽっちもなくなるであろう。

トレーニングというものがあるから僕は多少魅力的にいる事ができるんだから。

たしか誰かが憂鬱でなければ仕事でないっても言ってた。

「なければ」って事もないかもしれないが、共感できる部分は多い。

そして憂鬱だろうが楽しかろうが、離れたくないものである仕事を天職
というのではないかと僕は思う。

僕は今の仕事と離れたくない。





jun








おもひでから学ぶ
Fri.22.03.2013 Posted in 未分類
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最近は仕事で名古屋に行く機会がたまにある。

とは言え、基本的には朝から夜まで店舗で仕事をしなければならないため、
懐かしさを感じながら思い出の地をまわるには至っていない。

僕だけが感じる感覚なのか、皆そうなのか分からないが、
その場所にはその場所の匂いがある。

当然名古屋にもその匂いはあり、先日の出張では、
もうかれこれ9年前になる大学の入学の頃を思い出した。


いまぼくは人のカラダと関わる事を仕事とする事が出来ている。

僕の中に、この仕事の基盤を作ってくれたのはまぎれも無く
名古屋で過ごした大学4年間である。

トレーナー部会の先輩、同期、後輩と、僕に刺激をくれる、
エネルギー溢れる人間に恵まれ僕は成長させてもらった。

そのころの仲間は本当に尊敬できる、一緒にいたいと思える人間が多く、
今も各地で大活躍している。



僕はそのころの環境がとても好きだ。



僕が表現したい環境というのは、雰囲気という言葉と近い意味である。



そしてその環境はきっと様々な物がものすごく複雑に影響し合い作られる物である。


この仕事をしていて一番感じる事であるが、この世の中には複雑な物が多すぎる。


最近では環境を作っている物とは何かを考える。


本日は天気が良かったが、これだけで周りの環境は、
雨が降っていた昨日より絶対に良い。

しかし大学の4年間、僕らのチームを良い雰囲気に作り上げてた物が
天気では無い事はこれまた絶対である。


そんな中で、環境に大きく影響を与えているだろうと感じるのは、
リーダーの存在である。


そんなリーダー像について考える機会が多く、その時は僕が生まれてから、
僕が属した組織でリーダーを担っていた人の中の数名の人間が僕の頭をよぎる。


この世の中の組織という物には必ずリーダーが存在するのだと思う。


それはマネジメントをする人ではなく、リードをする人なのだ。


影響力は今まで思っていたよりも大きなもののような気がする。







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